直感を信じるべき?なんとなくの判断が論理的思考を

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい

毎月20日の朝は憂鬱だ。

出社後すぐ、朝9時から行われる見通し会議。今月の売上がどのぐらい見込めるのか説明しなければならない。

予算を達成できそうな時はいいが、今月の達成率はまだ20%⋯⋯。これから施策を打っても、せいぜい60%達成できればいい方だろう。もっと無理をすれば、80%までなら何とかできるかもしれない。だが、残りの20%はどうにもならない。

しかし、私は「なんとなく」予算を達成できる気がしていた。何の根拠もないが、あのお客さんを訪ねれば大きな注文を取れる気がしたのだ。

見通し会議では、100%の見通しを出した。当然、営業所長からは「本当にできるのか?」と聞かれたが、私は大した理由の説明もなしに「できます」と答えた。所長は、それ以上の説明は求めなかった。所長もわかっていたのだ。言葉では説明できない、「営業マンの勘」というものがあることを。

14ヶ月もの徹底的な調査 vs 専門家の直感

1983年9月、ジャンフランコ・ベッチーナと名乗る美術商が、ロサンゼルスにあるゲッティ美術館を訪れた。「クーロス像」と呼ばれる紀元前6世紀のギリシャ彫刻を手に入れたので、「1,000万ドルで買わないか?」と言う。ゲッティ美術館は慎重に対応し、クーロス像を借り入れて14ヶ月もの徹底的な調査を行った。その結果、クーロス像は本物であるとの結論に至り、展示品の目玉として満を持して公開された。

しかし、イタリア人の美術史家フェデリコ・ゼリがそのクーロス像を見た時、なんとなく「爪が変だ」と思った。また、古代ギリシャ彫刻の専門家イブリン・ハリソンも、ひと目で「何かがおかしい」と直感的に感じた。そしてニューヨークのメトロポリタン美術館の元館長トマス・ホービングの第一印象は「新しい」だった。

そこで、ゲッティ美術館は名だたる専門家たちを集めて、シンポジウムを開くことにした。しかし、ゲッティ美術館にとって不利な証拠が出てくるばかりであった。例えば、ゲッティ美術館側の弁護士が徹底的に調べ上げたはずの手紙類が偽物だった。1952年のものとされる手紙には、20年後にようやく採用された郵便番号が記されていたのだ。また、科学的な年代鑑定で古代のものと断定されたはずだったが、ジャガイモを腐らせるカビの一種を付けるだけで、あれくらいにはなるという。

ゲッティ美術館のホームページで、そのクーロス像の写真を今も見ることができる。年代については、「about 530 B.C. or modern forgery(紀元前530年頃、あるいは現代の模造品)」と記述されている。

ロジカルシンキング vs 直感

ゲッティ美術館の例では、14ヶ月もかけて徹底的に調査した結果と、専門家の直感とが食い違い、後者の判断のほうが正しかった。しかし、「なんとなく」そう感じただけで、直感には根拠がない。

私が売上の見通しを立てた時、市況や在庫状況などのデータをもとに論理的に組み立てていくと、どう頑張っても80%しか達成できない計算だった。しかし、「なんとなく」残りの20%も何とかなる気がしていた。何の根拠もないが、なぜか自信があった。

直感とは真逆とも言えるのが、「ロジカルシンキング」という思考法だ。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルティングノウハウで、2001年に出版された同社出身の照屋華子氏と岡田恵子氏の著書「ロジカルシンキング」はベストセラーとなった。「物事を論理的に考え、筋の通った説得力のある説明をしましょう」という考え方で、私が計算によって出した80%の見通しは、ロジカルシンキングによって出した答えとも言える。

ロジカルシンキングで出した答えと直感で出した答えのどちらを信じるべきか、当然根拠のあるロジカルシンキングを当てにするべきであろう。ただ、私の見通しがロジカルシンキングでは80%にしか達しなかったように、ロジカルシンキングだけでは平凡な結果しか得られないのではないだろうか。かと言って、直感で判断するのも危険だ。「なんとなく」予算を達成できる気がしたし、なぜか自信もあった。しかし、それがただの希望的観測であることも多い。事実として、私はこれまで何度も見通しを外してきた。

余計な情報と説明のプレッシャーが直感を邪魔する

2002年7月から8月初旬にかけて、「ミレニアム・チャレンジ02’」という大規模な軍事演習がアメリカで実施された。イランを仮想敵国とする軍事演習で、アメリカ軍チームとイラン軍チームに分かれ、実戦さながらの大規模な演習を行った。

アメリカ軍チームは、人工衛星に高性能な探知機、スーパーコンピューターを最大限に活用し、膨大なデータベースをもとに楽勝でイラン軍チームを打ち負かすはずであった。ミレニアム・チャレンジの目的は米軍の力を立証するためでもあったため、負けることは許されなかった。

イラン軍チームの司令官役に起用されたのは、退役軍人のポール・バン・ライパー。ベトナム戦争などで輝かしい業績を残した名将だが、とっくに引退していた。彼はミサイルで殲滅しようとするアメリカ軍チームの裏をかき、レーダーミサイルに探知されないように対空防衛レーダーシステムをオフにした。通信を傍受されないように衛星通信や携帯電話は使わず、バイク便や祈りの言葉にメッセージを隠して連絡を取り合った。照明灯を使うという第二次世界対戦の頃のやり方で、パイロットは管制塔と交信しなくても飛行機を離陸させることができた。

結果はイラン軍チームの大勝であった。たった1時間の攻撃で、16隻の米軍艦艇が沈められた。これが実戦であれば、米軍は2万人もの兵力を失ったことになる。

アメリカ軍チームが大敗した原因の一つは、意思決定に時間がかかりすぎたことだ。戦争においては、データを分析して体系的な判断を下す時間などない。瞬時に直感で判断するしかない局面が次々とやってくる。そしてアメリカ軍チームは、直感で拾い出せたはずの事実を多く見落としていた。膨大な情報が、瞬時の判断力を鈍らせてしまっていたのだ。

イラン軍チームの司令官役バン・ライパーは、そのことをよく理解していた。部下に余計な情報を与えないようにしていたのだ。もちろん、戦争が始まる前はできるだけ多くの情報をもとに分析をしていた。しかしいざ戦争が始まると、会議は短く切り上げ、本部と戦場の指揮官との情報のやり取りも制限した。余計な情報は直感を邪魔してしまうからだ。

また、バン・ライパーは部下に説明を要求しなかった。瞬間的に判断しなければならない戦場での行動について、「なぜあの時あのように行動したのか」と聞かれても、「いや、なんとなく」としか答えられないだろう。それを説明しろと言われるのは、非常に憂鬱である。そのプレッシャーがないだけでも直感が働きやすくなるであろうことは、私の経験からも理解できる。

私も見通し会議で具体的な説明を求められていたら、適当にこじつけて苦しい説明をするか、最初から突っ込まれないように説明できる80%の見通しで出していたであろう。そしてその場合は80%が限界で、予算達成など不可能だったと思う。

このように、バン・ライパーは瞬時の判断力を高める環境を整えることで、あらゆるテクノロジーとデータを駆使したアメリカ軍チームに勝利した。ペンタゴンにとって、それは少しも面白くない結果であった。そして、演習の「やり直し」を命じた。

今度はアメリカ軍チームが絶対に勝つように打ち合わせ通りに進められ、望み通りにならなければもう一度やり直すことになっていた。そして台本通りにアメリカ軍チームが圧勝し、ペンタゴンの高官たちは歓声を上げたそうだ。

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい

結果として、私の「なんとなく」は当たり、予算を達成することができた。今思うと、私がいた営業所はバン・ライパーが作り上げたような直感力を高める環境が整っていた。所長は細かい説明を求めなかったし、「勘」を大切にしていた。本社や他の営業所と連絡を取り合う機会もほとんどなく、当時の私はそれが不満でもっと情報が欲しいと思っていたが、実はそれで良かったのかもしれない。

この記事で紹介したゲッティ美術館のエピソードやミレニアム・チャレンジについては、マルコム・グラッドウェル著『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』という本に書かれている。なんとなく直感で判断したことが、様々な情報をもとに考え抜いた判断と変わらない、もしくは上回るという事例が多数紹介されている。とても面白い本なので、興味があればぜひ読んでみてほしい。